Anchor Hocking(アンカーホッキング)の歴史

アンカーホッキングの歴史

Fire-King(ファイヤーキング)の生みの親、

Anchor Hocking(アンカーホッキング)社

アンカーホッキングが生まれるまでの誕生ストーリー

アンカーホッキング社は、アイザックJ.コリンズとその6人の友人が、1905年に、オハイオ州ランカスターにてホッキングガラス社を最初に設立しました。

アンカーホッキングと言う名前は工場の近くにあったホッキング川からきているそうです。

工場は「ブラック·キャット」と町民から呼ばれていたというエピソードも面白いですね。

しかし、

1924年に工場が猛烈な火事により灰になってしまいます。

その後、ガラスを自動的にプレスする革新的な機械を導入し新く工場をスタートさせることになります。

新しいマシンは、生産効率を1分あたり1アイテムから

1分あたり30アイテム以上に引き上げたそうで、相当な効率化がされたようです。

1929年の世界大恐慌が起こった年には、同社は1分間に90個の吹きガラスを製造できる15型の機械を

開発することで対応したという話もアンカーホッキング社の強さを感じます。

これにより、アンカーホッキング社は、他の多くの企業が消滅したときの不況を乗り切ることができたとのことです。

ちなみにアンカーホッキング社と言う名前は、1937年12月31日、

アンカーキャップアンドクロージャー社とホッキンググラス社と合併したときに誕生したそうです。

1963年、オハイオ州のゼーンズビルモールドカンパニーはアンカーホッキングコーポレーションの子会社になりました。

同社はアンカーホッキング用の金型装置を設計および製造しました。

彼らは1968年にミネソタ州セントポールにあるPlasticsIncorporatedを買収してプラスチック市場にも参入したそうです。

オハイオ州スプリングデールに工場を建設することで、プラスチック容器市場での存在感を拡大し続けました。

アンカーホッキング社は、ペンシルベニア州モナカにあるフェニックスガラス社(Phoenix Glass Company)

を買収し、1970年9月に照明分野にも参入しました。

その後も色々なエピソードがあり、

フェニックスグラスカンパニーは1978年7月15日に火事で破壊され、

シェナンゴチャイナ(ペンシルベニア州ニューキャッスル)は1979年3月28日に購入され、

テイラー、スミス&テイラーは1981年9月30日に売却される等々本当にエピソードが多い会社ですね。

その後も色々な出来事があったそうです。

こうした色々な歴史背景を知ることによって、

今手元にあるファイヤーキングがより輝いてるように見えてきます。

今の時代まで愛され続けるモノの歴史

情報を集めるのはなかなか大変かもしれませんが、知ることによって更なる愛着も湧いてきます。

そんなファイヤーキングについてはこちら⇩

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